小説家が小説を書く。原稿用紙に向かったとき、むろんおぼろげな構想はできていようが、それはいまだ言葉ではない。あらかじめ言葉として固まっているものは、せいぜい書き出しの一フレーズかキイワードくらい。それだってどうだか解らない。

鉛筆をもって書き始める。ここから言葉が生まれてくる。その過程は、書きながら考えていると言うより、書くことが考えていると言ったほうがよい。

鉛筆の芯の尖端から絶えず反応してくる手応えの〈触覚〉と、その〈触覚〉が〈痕跡〉として確実に定着され、進行していることが確認されるからこそ、次の言葉も引き出されてくる。〈触覚〉と〈痕跡〉を水先案内人にして「書かれた言葉」は生まれる

SHISHOUSETU - 石川九楊『筆蝕の構造』
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