ワープロ言葉は「話し言葉」でありながら、疑似的〈痕跡〉だけはもつという「書き言葉」の形式を真似た疑似「書き言葉」にすぎない。

いまはまだ、「書き言葉」の形式がワープロの文章に、「書き言葉」風のタガをはめているが、いずれもう少しワープロが普及すれば、ワープロに固有の文体と思考が露出し、通行しはじめるにちがいない。

ワープロは指を使って、印刷文字を出現させる機械だが、それは「はなす」おしゃべり機械であって書字機械ではない。ワープロは大量の文字文書を流通させるが、それは書く人を増やしたのではなく、話し言葉、おしゃべりが書く領域に侵入しているに過ぎない

SHISHOUSETU - 石川九楊『筆蝕の構造』

べつのところで、石川九楊は「文書作成機」というゴテゴテした名詞に「ワープロ」とルビを振る一文を寄稿していたことがある。「ワープロに固有の文体と思考が露出し、通行しはじめる」ということに自覚的であるところは、さすがだとおもえる。この現在進行形のプロセスはポスト・吉本隆明のわが国の文芸批評が解明すべきおおきな問題とみるべきだ

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