定年退職後の企業戦士やいわゆる知識人、さらには一部若者をも巻きこんでの近年の習字ブームを私はにがにがしく見つめている。ほんとうは〈書体〉の世界以前に、言葉と文体の世界を磨き上げるほうがよい。毛筆手紙の書き方を教わるよりも、手紙の文章講座でも受講するほうが、日本語を厳密にし、豊かにする。達筆で書かれた「謹賀新年」だけの年賀状よりも、近況報告や年頭の抱負が一言でも書き添えてあるほうがずっといい。「習字でも教わってみようか、習字でもやってみようか」という思いがふと沸き上がるのは、いまだにこの国から言葉への不信が払拭できずに、アジア的だらしなさ、アジア的いかがわしさを思想的に克服しえていないことの証明なのではないだろうか
SHISHOUSETU - 石川九楊『筆蝕の構造』
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